多古町移住定住情報発信サイト

多古町には子どもを連れて、よく帰省していたんですが、東京に戻るときになると、祖父母と別れがたくて長女が大泣きする。そのくらい、とてもなついていました。一人っ子の自分も高齢になった両親のことが、だんだん心配で。また、東京の仕事もずっと安泰、というわけでもありません。会社勤めではなく、自分で仕事を始めたい、という思いもありました。スピード感のある東京の価値観だけがいい、とも思えない。家族のあり方やこれからの仕事や人生を考えたときに、多古町で暮らすという選択肢もありだと思い、Uターンを決めました。

新築した自宅の1階を改装して、2019年春にカフェをオープンしました。「案山子（かかし）」という店名は、カメラマンの仕事で縁があった“さだまさし”さんの歌からいただき、暖簾の字もさださんの自筆をデザインしました。「案山子」という歌は、都会に出た弟の様子を気遣う歌詞ですが、人とのつながりがあるような、そんな安らげる場所にしたいと思い、店内はゆったりとした造りになっています。

コーヒー、ケーキ、ランチ、土曜日はパンを提供しており、料理は妻が担当。地元や千葉の食材を使う「千産千消」を意識して、ケーキやパンには多古米を練り込んでいます。コーヒーは2年間かけてコーヒー豆の仕入先を探し、そこで淹れ方も勉強しました。「南中（みなみなか）ブレンド」や「神行（かんぎょう）ブレンド」など、地元の地名を採り入れ、お客さんとの話題作りに一役買っています。

多古町の良さを再確認しています。それは、ちょうどいい「速度」や「温度」。とかくスピード感や効率だけで語られがちな東京にはないものです。規則一辺倒ではない緩さもあれば、この店がある中村地区の人たちの、地元を愛する熱い思いもある。

私は地元の中村小学校の卒業で、小さな学校なので6年間ずっと1クラス。同級生の顔ぶれも変わりません。その同級生たちが店の開店のときに、パチンコ屋さんの新装開店の時のような花輪を「中村小学校同級生一同」の名入りで出してくれました。そのおかげで、地元出身者が始めた店であることを大きくアピールできました。30年間、町を離れていましたが、そんな形で地域の一員になれたのはうれしい。今も、多古町のお客さんには、「暑うてしょうない（しょうがない）」「腹くちい（お腹いっぱい）」といった多古弁で接するようにしており、多古町らしさを感じられる店になれれば、と思っています。

お店が大通りから1本入った立地なので、来るのに迷う人も多くて、「やっと着いたよ」とよく言われます（笑）。そのためGoogleマップのピン立て機能を使って、検索できるようにしました。インスタグラムでも情報発信し、「いいね」を通じ、芋づる式にフォロワーを増やして集客につなげました。そんな中、開店を楽しみにしていた近所の中学生の子供達が来店。友だちにインスタグラムで広めてもらい、それを見た友だちがご家族と一緒に来店してくれました。そこから、さらに町の人たちにも広がっていき、「中学生のインスタパワーはスゴイな」と実感しました。

経営が徐々に軌道に乗って来たところ、2020年は新型コロナウイルスで3月以後は来客がばったり途絶えてしまいました。でも、こればかりは致し方ありません。道の駅「多古」でカフェ手作りの「たまこさんプリン」を販売するなどしつつ、1日も早く店の経営を軌道に乗せられるよう、次のアイデアを練っているところです。

30年ぶりに町に戻ると、いろいろな場所が変わっていて、戸惑うこともあります。時代が変わり、新しいものを採り入れていくことも必要ですが、前述した昔ながらの町の良さは、残していきたい。中村地区の人たちは、大人も子どもも「チーム中村」と思えるほど、地域を愛する気持ちが強いから、人と人とが語り合える場があるといい。ちょっとホッとできて、「こんなところがあっていいよね」と思ってもらえる。町の人たちにとって、「案山子」がそんな場所になることが理想です。